肥満や病気になるのは自己責任?Food Injustice(食の不平等)について考える

肥満や生活習慣病の蔓延は、米国をはじめとした先進国で大きな問題になっています。

「高カロリー低栄養のものばかり食べていれば病気になって当たり前!」

「なぜ栄養バランスのとれた食事をしないのか」

「食事に気を配らないことが肥満の原因」

といった声を聞くことがありますが、はたしてそれらは妥当な意見でしょうか。

 

フードシステムには、歴史、政策、環境問題、差別問題など様々な要素が複雑に絡み合っているため、それらを考慮することなく、断片的な情報や個人レベルの情報のみで肥満や病気の原因を判断したりすることはできません。食事情や健康について語るなら、歴史的・社会的背景を深く理解する必要があるでしょう。

 

<フードデザート(食の砂漠)>

米国には先住民の迫害や奴隷制といった歴史がありますが、その影響は今なお社会の至るところに深く残っています。食糧へのアクセスも例外ではなく、長い間、特定の人種や民族を支配・管理する手段として制限されてきました。

人をコントロールするための最も簡単な方法は、食をコントロールすること。水や食糧を管理されてしまえば、支配者に従うより他ありません。

米国では現在も何百万人もが、フードデザート(食の砂漠)と呼ばれる生鮮食料品の入手が困難な地域に住んでいます。フードデザートでは、生鮮食料品店以外にも、医療機関や公共交通機関、教育機関、雇用の場など様々な社会サービスが欠如していることが少なくありません。フードデザートに住む人の多くは、肥沃な土地を奪われた過去を持つ先住民、奴隷制度により差別を受けてきた黒人、シングルマザー、低所得者、高齢者、移民などのいわゆる社会的弱者です。

フードデザートにはファストフード店が多く進出しており、肥満やそれに付随する成人病の蔓延が深刻化していることが指摘されてきていますが、そのような地域に住む人々は、貧困や交通手段がないなどの理由から、生鮮食品が売られているお店があってもなかなか行くことができません。そのため、近所のファストフード店で安価な加工食品を選ぶことになってしまいます。

アメリカの先住民族であるナバホ族の準自治領「ナバホネイション」は、アリゾナ・ユタ・ニューメキシコの3州にまたがる広大な地域ですが、ここには食料品店がほとんどありません。最新の統計によると、ナバホの人口の30%が2型糖尿病を患っており、糖尿病予備軍も含めると有病率は50%にもなることが分かっています。

 

<人種と食の選択と病気>

同じ収入で比較した場合でも、黒人は白人よりも健康的な食品へのアクセスが少ないことがわかっています。

米国では、黒人は白人と比較して

  • 心臓病での死亡率が3倍
  • 脳卒中での死亡率は4倍
  • 糖尿病での死亡率は2倍(糖尿病の合併症で透析を必要とする確率は5倍)
  • 胃がんでの死亡率は2倍
  • 前立腺がんになる確率は6倍(前立腺癌での死亡率は2倍)

黒人全体の半数近くが何らかの形の心血管疾患を患っており黒人の5人に1人が糖尿病を患っています

裕福な白人コミュニティと低所得の黒人コミュニティを比較した研究では、平均余命に20年もの差があり、大きな違いは食事にあったという結果。心臓病、脳卒中、糖尿病による死亡の約半数は、食生活に直接起因していると考えられています。

糖尿病、がん、腎不全などの発生率は、白人と比較して黒人で2〜3倍高いことが分かっていますが、これは遺伝的な違いによるものではありません。なぜなら、アフリカの黒人では見られない現象だからです。米国の黒人が高血圧になる確率は、西アフリカ人の約2倍。伝統的なアフリカ料理は緑色葉野菜や豆類など健康的な食材を豊富に含むプラントベースの食事ですが、欧米化した食事がアフリカに浸透するにつれて、食事関連の病気発生率が上昇し始めているのだそうです。

病気になっているのは高齢者だけではありません。これまで高齢者がかかるものだと思われていた慢性疾患の多くが、若い世代でもみられるようになってきています。米国の子どもは4人に1人が糖尿病または糖尿病予備軍だそうですが、黒人の子どもの糖尿病は過去10年で2倍という信じられないスピードで増えており、医療保険制度が破綻する勢いだとも言われています。

また、米国には食料品店よりも多くの銃の販売店があり、それらは有色人種の多い地域に偏って存在しています。年齢に関係なく、黒人が白人よりも殺人で死亡する確率は5倍以上、黒人が銃で死ぬ確率は同じ年齢の白人の14倍。黒人が警察に殺害される確率は白人の2.5倍。地域差もあり、例えばシカゴでのこの確率は6.5倍。

さらに、毎年7万人以上が処方薬を含む薬物の過剰摂取で死亡しています。地方自治体は、白人の多いコミュニティよりも有色人種の多いコミュニティで酒屋の営業を許可することが多いというデータもあります。

米国では年間1万4千人がコカインなどの過剰摂取で死亡していますが、心臓病による死亡者数はその40倍以上である年間約65万人。心臓病を含む生活習慣病リスクを上げる大きな原因の一つは超加工食品です。

超加工食品とは、「脂肪、でんぷん、添加糖、硬化油など、食品から抽出された物質から主に作られていて、人工着色料や香料、安定剤などの添加物を含んでいることもある食品」。 冷凍食品、ソーダ、ファストフード、袋菓子、ケーキなどがよい例です。

フードデザートと呼ばれる地域に住んでいて生鮮食品にアクセスすることが難しい人たちが必然的に選ぶことになってしまうのが、この超加工食品。

超加工食品は、「ドーパミンカスケード」と呼ばれる経路を刺激して、アルコール、ドラッグ、ギャンブルなどへの依存と同じ状態を脳内に作り出すので、個人差はありますが、意思の力でやめようと思ってもなかなかやめられるものではありません。

超加工食品だけでなく動物性食品も、心臓病、がん、脳卒中、高血圧、自己免疫疾患などに関連しています。

  • 1日1個のホットドッグは、結腸直腸癌を発症するリスクを18%増加させる。
  • 1日2回の食肉加工品は、喫煙と同様に結腸直腸がんのリスクに影響を及ぼす。
  • 赤身の肉、牛肉は、結腸がんと胃がんに関連。
  • 魚の燻製は、胃がんにも関係。
  • 鶏肉を大量に食べると、前立腺がんの男性の場合、疾患の進行のリスクが4倍に増加。
  • 鶏肉は、成人の米国人の食事に含まれるナトリウムの最も高い供給源の1つであり、高血圧に直接関係。コレステロールも豊富。
  • 鶏肉は細菌を多く含んでいるため、鶏肉を多く食べる女性は尿路感染症発生率が高い。

牛乳を飲むと、牛乳に含まれる乳糖と呼ばれる成分のせいでお腹を壊してしまう乳糖不耐症の人がいますが、この乳糖不耐症は白人では稀である一方で、黒人では75~80%、東アジア人は 90%前後、米国の先住民では95%もが該当することがわかっています。それにもかかわらず、政府の推奨する食事ガイドでは牛乳が勧められており、人種の違いによって受ける影響の違いは考慮されていません。

 

“Drive-thrus kill more people than drive-bys.”

(ドライブスルーは、ドライブバイ(走行車内からの射撃)よりも多くの人を殺している)

 

サウス・セントラル(現サウス・ロサンゼルス)出身の活動家、ロン・フィンレイ氏の言葉です。ドライブスルーでジャンクフードを買い続けることで、多くの人が肥満や病気になって命を落としている米国の現状がよく表されていますが、これは個人の嗜好を超えたやむを得ない選択なのです。

 

<お金の流れ>

すでに社会的に弱い立場にある人たちが健康的な食事をすることがいかに難しいかは、お金の流れからも見えてきます。

70年代頃から食品技術が進んだことで、大衆受けし、長持ちする安価な食品が大量に作られるようになりました。超加工食品を生産販売する大手食品会社や畜産業界は、毎年数百億ドルもの政府の補助金を得ながら巨大化してきました。

例えば、2017年のトウモロコシに対する米国政府の補助金は51億8600万ドル 。米国で栽培されるトウモロコシの大部分を食べているのは人間ではなく畜産動物です。大量に生産・収穫した大豆やトウモロコシで育てた畜産動物の肉は、至るところで安価で売られています。

大手精肉会社は、CAFO(集中家畜飼養施設、Concentrated Animal Feeding Operation)と呼ばれる施設で動物を大量に繁殖させて育てています。動物たちは大変悲惨な環境に閉じ込められていますが、Ag-gag法などの法律により、この状況がメディアで広く報道されることはありません。

CAFOでは過密状態で動物を育てるため、病気にならないように抗生物質が大量に使われていることから、この状態が抗生物質の効かない新種の病原菌を作りだすことにつながっていることも指摘されています(米国で販売されている抗生物質の80%近くが畜産動物に供給されている)。また、早く大きく育てなければ利益にならないため、ホルモン剤なども使用されています。

このような大量生産システムが主流になったことにより、職を追われ、劣悪な条件のもと大手食品会社の下請けとならざるを得なくなった小規模農家や酪農家は少なくありません。

政府の補助金は、低所得者の住宅支援よりも、肉や乳製品の低価格を実現することに多く費やされています。補助金がなければ、4~5ドルで買えるビッグマックの値段は11~13ドルになるそうです。

公的扶助であるSNAP(食糧費補助プログラム、旧フードスタンプ)の予算は、2013年には800億ドルをわずかに下回る額だったのが、2016年には600億ドルに削減。ファストフードチェーンを所有するブランドがSNAPの受け入れを拡大していることもあり、SNAPマネーの大部分は、動物性食品やジャンクフードの購入に充てられています。SNAP受給者は、肥満になる確率と、食事に関連する病気で死亡する確率が高いことも分かっていますが、SNAP受給者の栄養について考慮した改善を求める主張には、チーズや炭酸飲料で知られる複数の世界的有名企業が反対しています。

肉・乳製品・卵業界は、過去30年間で国会議員に1億3400万ドル以上を提供。USDA(米国農務省)やHHS(アメリカ合衆国保健福祉省)の連邦食事ガイドラインも、米国最大の食品系コングロマリットとのつながりを持つロビー活動家や任命者から大きな影響を受けています。

ここまで知れば、公立校の給食やWIC(乳幼児とその親、妊婦を対象とした食糧配給プログラム)で、子どもたちの糖尿病、喘息、肥満の原因になりやすい食事や食材が提供されていることも不思議ではありません。

 

<病気につながるその他の要因>

食べ物だけでなく、水や呼吸を通して体に取り込む有害物質も肥満や病気の原因になりますが、埋め立て地、焼却炉、工場畜産などからの有害物質の廃棄場所は、有色人種の住む地域に偏って配置されています。

  • 米国の黒人は、5汚染物質への曝露による死亡率が3倍高い。
  • 米国の有色人種は、63%も多くの汚染に晒されている。

CAFOで飼育される動物は、人間の44倍の排泄物を放出しており(人間よりも豚の数が多いノースカロライナ州の豚からだけでも1億人分に相当する量が放出されている)CAFO以外も合わせると米国の畜産動物から生じる排泄物は年間20億トン。

CAFOで働く人たちは、呼吸器系や免疫系の病気に感染する可能性が高く、2009年に世界中で流行して50万人以上の命を奪った豚インフルエンザも、ノースカロライナ州の養豚場から広まったと考えられています。

COVID-19パンデミックの最中、鶏肉最大手が公衆衛生や従業員の健康を一切無視して生産ラインを回し続けたことはまだ記憶に新しいですが、米国の黒人がCOVID-19で死亡する確率は白人の3.5倍以上というデータもあります。

食肉処理場の労働者には、十分な賃金や適切な医療を受けることが保証されていない不法移民も多くいるため、職場での不正行為を報告することもできず、精神障害を発症する可能性も高いことが指摘されています。

 

<食の正義運動>

ここでお話してきたような食糧へのアクセスにおける格差を体系的な問題として捉えて改善していこうとする運動は、食の正義(Food Justice)運動と呼ばれています。

食の正義運動は、フードシステムに存在する根本的な原因(食糧へのアクセスにおける人種、民族、経済、ジェンダー間の格差縮小や、農業従事者や食品加工に携わる労働者の権利保護)に対処していくことで、失われたコントロールを地域社会に取り戻すことを目指す運動です。

失われたコントロールを地域社会に取り戻すためには、CAFOの解体、環境負荷の高いビジネスへの課税、小規模農家の支援、食糧供給の代替・共同システムの確立などが必要であり、実際に、小規模農家や酪農家が、環境保護団体、労働者の権利団体、ヴィーガン団体などの活動家たちと手を組むようになってきています。

食の正義について考える人の多くが、ヴィーガン・プラントベースの食事を選んでいます。

鎖につながれて殴られ、家族から強制的に引き離された奴隷、祖先の土地から追い出された先住民、夫の所有物として扱われた女性を含む「人の権利」について考える人が、動物の扱われ方を知って、動物の権利について考え、暴力行為から手を引く選択をするのは自然なことでしょう。

キング牧師と共に公民権運動家として活動し、コメディアンでもあったディック・グレゴリー氏や、農業従事者によりよい労働環境をもたらしたことで知られるセザール・チャベス氏も、動物の権利という視点からヴィーガンになったと言われています。

近年、米国でヴィーガンやベジタリアンになる割合は、黒人が、他の人種の米国人に比べて3倍も高いことが報告されていて(米国全体では3%なのに対して、黒人では8%)、米国の成人を対象に行われた調査では、過去一年間に肉の消費量を減らした白人は19%であったのに対し、非白人は31%という結果が出ています。

以前の記事では、多くの有名ヒップホップアーティストが、積極的にヴィーガン・プラントベースのライフスタイルを送っており、ヒップホップという言語を通じて政治や社会問題から取り残されがちなコミュニティにメッセージを届けているという話をしましたが、歴史的・社会的背景を理解すると、その動機をより深く理解できるようになるのではないでしょうか。

 

<まとめ>

歴史的な流れの結果として工場畜産で生産される動物性食品や超加工食品を取り入れることが一般化してしまった現代人の食事は、人間が本来とるべき食事とあまりにもかけ離れてしまっています。

これまでにない勢いで肥満や病気が蔓延している社会に本当に必要なのは、薬や手術以前に、本来の在り方を戻していくことではないでしょうか。

動物性食品や超加工食品を避ける、ホールフードを中心としたプラントベースの食事(WFPB)は、社会格差を広げる既存のフードシステムに抗うだけではありません。WFPBが、肥満、心臓病、2型糖尿病(予備軍)、がん、高血圧、高コレステロール血症などを予防・改善することを示す科学的データは実際に多く存在しています。WFPBは直接的に私たちの健康状態を改善してくれますが、これはよく考えれば、現代社会で「普通」だと考えられている食事が、本来の食事から大きくずれてしまっているだけであり、WFPBで健康状態を取り戻すことができるのは当然のことかもしれません。

 

ヴィーガンやプラントベースの生活をしているのは白人や上流階級であり、そのような生活をすることが格差の助長につながっているというイメージを持っている人はまだまだ少なくありません。しかし、実際は正反対で、そのような生活をすることで格差縮小のサポートにつながることがお分かりいただけたのではないでしょうか。

この記事では私の住む米国の事情についてお話しましたが、これは米国に限らない社会的弱者排除の問題であり、格差の拡大する日本に住む人にとっても他人事ではないかもしれません。

 

<参考>

 https://www.theyretryingtokillus.com/fact-sheet