肉のせいでドーピング違反?!
「肉を積極的に食べて健康長寿!」
「高齢者こそ動物性タンパク質を積極的に摂取しよう!」
“肉で体力がつく”というマーケティングを信じ込み、若くてトレーニングが好きな人たちは、焼肉、ステーキ、ハンバーガーなどが大好物ですよね。あまり好きではないのに無理してお肉を食べているお年寄りも日本には珍しくありません。
でも、肉を食べているせいでドーピング検査に引っかかってしまう可能性があることを、ご存知ですか?
ボクシング界のスーパースターであり世界4階級制覇のサウル・アルバレス選手(以下カネロ)は、2018年5月にゲンナジー・ゴロフキン選手と試合を行う予定でしたが、2018年3月に行われた抜き打ちの薬物検査で禁止薬物のクレンブテロールに対する陽性反応が2度出たことが公表されて6カ月間の資格停止処分。試合は当初予定されていた5月ではなく、9月に行われました。
この時、カネロは「クレンブテロールに汚染されたメキシコ産の肉が陽性反応の要因である」と主張したのです。
メキシコのボクシングプロモーターによると、肉の品質を高めるために多くの肉屋が畜産動物の飼料にクレンブテロールを使用していて、ドーピング検査でアスリートが犠牲になるのはメキシコでは非常に一般的なことであると主張しました。
この主張をゴロフキン陣営は真っ向から否定しましたが、ドーピング違反の言い訳にできてしまうほどメキシコ産肉の薬物汚染が深刻であることは事実のようです。(当時すでにカネロはプロで50戦以上も試合をしていますから、本当にメキシコ産の肉がドーピングの原因だとすると、もっと前にドーピング検査に引っかかっていたはずですよね…。)
クレンブテロールは喘息を治療するための薬です。呼吸障害の際に処方される薬物であり、喘息のような慢性呼吸障害を持つヒトに対して呼吸を楽にする目的で気管支拡張剤などとして使用されます。
しかし、この薬は筋肉量を増やし、脂肪を燃焼させるのにも役立ちます。筋肉増強剤としての効果が見込まれているため、各スポーツ競技においてドーピングに用いられないよう検査対象薬物にされていることが多いのです。
1980年代にクレンブテロールに成長促進作用があり、また食肉の赤身(脂身が少ない部位の肉。低カロリー、低脂質だが、タンパク質は他の部位よりも多く含んでいる)を増やす効果があることが分かり、畜産業界で飼料に混ぜることが行われました。しかし、人体への副作用も大きいため、EUは1988年に、アメリカ合衆国は1991年に、中国は1997年に飼料への添加を禁止。
メキシコの一部の地域では現在もクレンブテロールを使用しているので、メキシコ産の肉の多くは汚染されています。中国では豚の餌に違法にクレンブテロールを配合している例があり、中国国内ではたびたび中毒事件が発生。厚生労働省は中国産豚肉と加工品について輸入時に検査命令を出しており、実際にランチョンミートなどからクレンブテロールが検出されて廃棄や積戻し命令が出されることがあるようです。
本人の意思に反して食事からクレンブテロールを摂取してしまい表面化する事例が存在するので、世界アンチドーピング機関は2011年に、中国とメキシコを訪問する場合は細心の注意を払うよう警告しています。
スポーツの世界でクレンブテロールの問題が表面化した例は、過去に何度もあります。
- 毛髪からクレンブテロールが検出されてドイツ卓球協会から2年間の出場停止処分を受けた選手が、遠征先の中国のホテルで食べた豚肉に薬物が残留していたとして協会に抗議した結果、食事に由来する誤摂取であったと判断されて処分を解除。
- ツール・ド・フランスにて総合優勝を果たした選手の検体から禁止薬物のクレンブテロールが検出され、成績は抹消。
- 日本で行われた自転車レースでオーストラリア選手から陽性反応が出たため優勝を剥奪。
- サッカーの国際試合に出場したメキシコ代表選手5名から薬物検査でクレンブテロールの陽性反応が出たため出場停止処分(選手の食事にクレンブテロールを用いて飼育された牛肉か鶏肉が用いられたのではないかとの指摘あり)。
- ボクシング世界4階級制覇のエリック・モラレス(メキシコ)、2012年の試合前に行われた検査で陽性。アメリカ合衆国アンチドーピング協会から2年間の出場停止処分を受けた。
- ボクシング現役世界王者フランシスコ・バスケス(メキシコ)、2016年に抜き打ち検査で陽性反応。
筋肉増強や、脂肪燃焼を促進する働きをするクレンブテロールは魅力的かもしれませんが、以下に挙げたような深刻な健康影響をもたらす可能性がある禁止薬物であることをしっかりと理解する必要があります。
- 頭痛
- 手の震え
- 頻脈
- 過度の発汗
- 高血圧
- 病気
- 不眠症
- 筋肉の痙攣
- 不整脈
- 心臓の萎縮
- 大動脈の拡大
肝臓に問題が発生したり、長期間使用すると細胞死につながる可能性もあるのです。
<日本人選手にも影響>
ボクシングの世界タイトルを連続12度防衛した山中慎介選手の対戦相手ルイス・ネリ(メキシコ)も、2017年の試合に先立って行われたドーピング検査において、クレンブテロールに非常に酷似した禁止薬物ジルパテロールに対する陽性反応を示しました。真偽のほどは定かではありませんが、カネロと同じくネリも「メキシコ産の肉が原因である」と主張。
検査で検出されたジルパテロールという物質には、頭痛を和らげる作用や畜産動物の体重を増やす効果があり、メキシコのアスリートたちの間ではよく使用されているそうです。また、アメリカで飼育された牛が、ジルパテロールが入った餌を食べる可能性もあるとのこと。
<薬物の怖さ>
クレンブテロールもジルパテロールもステロイドも、畜産動物に投与すれば成長促進剤ですが、アスリートが使用すると禁止薬物。成長促進剤を投与した畜産動物の肉をアスリートが食べると、当然ですが薬物違反になってしまいます。
短期間での劇的な筋肉増強を実現するとともに、常態で得ることのできる水準をはるかに超えた筋肉成長を促す作用から、禁止薬物は長年に渡り多くのアスリートに使用されてきました。畜産の世界でも同じです。畜産動物は、自らの体重を自分の足で支えられないほどに肥大化していることがありますが、畜産業は動物の重量が利益になりますから、短期間で安上がりに畜産動物を大きく成長させるために薬物を投与します。畜産の現場ではたくさんの薬品を畜産動物に投与するので、肉を食べると肥育ホルモン剤だけでなく抗生物質なども間接的に食べることになってしまう可能性があります。
ホルモンは微妙なバランスで成り立つものです。「菜食は精神的に落ち着く、安定する」と評判ですが、肉や牛乳・乳製品にホルモンが濃縮されていることを考えると、動物性食品を食べていたら精神的に不安定になったり、気分の上下が激しくなるのは当たり前のこと。男性の女性化や、女性の男性化も問題視されています。肉をたくさん食べて体を鍛えている人がたくさんいますが、肉の栄養のおかげではなく、肉に含まれている薬物のおかげで筋肉が成長しているとしたら、なんだか悲しいですよね。
ちなみに日本はメキシコから肉を輸入していて、豚肉はシェア約4%、豚肉調製品(餃子の具、ハム・ベーコン・ソーセージ等)は2%。メキシコ産の肉を食べなくても、メキシコ産の飼料を与えて飼育した米国産肉を食べることでクレンブテロールなどに陽性反応を示す可能性は否定できません。日本は中国からも肉を輸入していて、特に鶏肉調製品(冷凍のチキンナゲットや唐揚げなど)が多いようです。
メキシコ産と中国産に限らず、日本は肥育ホルモン剤などを使用して飼育した動物の肉を大量に輸入しています。
せっかく試合や大会で良い結果を残しても、食事が原因で禁止薬物に陽性反応を示してしまったら信用を失うしガッカリですよね。薬物を一切使用せずに上質な飼料だけで育てた肉は高価で希少ですから、いっそのこと菜食になってしまったほうがよいかもしれません。